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ゴルベ♨︎のブログ

ゴルベ温泉のブログ

千住二郎の大

千住二郎

【注文】

  • 大ラーメン ¥800.-
  • 卵     ¥  50.-

 

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 街が眠っている頃に、彼は目覚めた。陽の光で目覚めない朝ではあるが、すこぶる目覚めが良いようだ。

 「いつもこれくらいスッキリ起きることができたらな」

 いつもはギリギリまで寝ている。二度寝三度寝は当たり前、彼が起きる理由は電車の時刻である。つまり、起きないと遅刻してしまうからだ。遅刻をするとその後面倒だからであり、遅刻しても問題ない時は心ゆくまで眠る。そして、スッキリした朝を迎える。

 外と違い、布団の中は春夏秋冬いつでも心地よい。温度、風、紫外線、排気ガス、何も気にする必要がない。羽毛布団をかけるか否か、それだけである。もとより、暑かったら羽毛布団を蹴り捨ててしまえばいいのだが。

 「オフトゥン」という言葉が流行った時に、彼は違和感を覚えた。「あの、お布団を馬鹿にしているのか」、「まさかお布団と言うと恥ずかしいから誤魔化しているのか」、彼の中では様々な推測、憶測が駆け巡った。しかし、いつの間にか「オフトゥン」は使われなくなった。一連の流れで、彼のお布団原理主義を垣間見た。

 「今日は大だな」

 彼はいきなり言った。このセリフを言う時、彼は調子がいい。それは身体の調子だけではなく、精神的な調子のことをも表す。一般的に言えば、「身体が軽く、テンションが上がっていること」であるが、彼的には「大」、または「大を食う」と言う。

 「1日の計は朝にあり」、そんな諺があったような気がする。「大を食う」と決めたら話が早い。さながら詰将棋のように、自動的に1日の予定が決まっていく。この早く起きた時間を運動にあてた。近所をランニングした彼に待っていたのは6時似つかわしくない空腹。そう感じてしまうのは、いつもは朝ごはんを食べていないからである。適当に切った野菜を入れたうどんを朝ごはんにすると、思った以上に腹が膨れた。

 「今日、大は無理かな」

 彼は弱気になった。うどん1玉で腹がいっぱいになっては、大に敵わない、そう思ったからだ。大丈夫なのか、CMのオダギリジョーを思い出す。Webで続きを見たことはないが、多分大丈夫なのだろう。

 「なら俺も大丈夫だ、しかも今日の目覚めはいい。」

 目覚め、AWAKE、彼にとってスタートが全てなのか、そんなことはないだろう。尻上がりに調子を上げるタイプであることは彼自身が分かっているはずだ。そもそもスタートが全てなら、毎日早起きをすればいいではないか。「目覚めがいい」は暗示、ただの自己暗示にすぎない。自らにプラシーボ効果をかけていくスタイル。そうしているうちに、昼食の用意を済ませ、いつもより15分早く家を離れた。

 

 午後1時を指す時計を見て、彼は急に空腹を感じた。昼飯は弁当、作り置いていた料理とたっぷりの白米でいっぱいだ。彼は白米が大好きである。「米ならあるだけ食べていいぞ」、農家の祖父母に言われた言葉を彼はまだ覚えている。そして、あるだけ食べたら驚かれたことも覚えている。その彼を見て、祖父母が笑っていたことも覚えている。夜に炭水化物を取らないライフスタイルをかます彼にとって、昼食がメインのご飯である。1日のうちで、米を食べることができるチャンスは昼が最後。夜は出来レースみたいな食事しか待っていない。それは、ただの作業である…今日を除いて。

 外出先を出る時間だ。急いで支度をして、彼は家路につく。帰りの電車内で疲れた顔をしている男がいたので、彼はこう声をかける。

「なあ、今日は大だろ?元気出せよ」

 それは鏡に映っている彼自身だった。写真を撮った時、彼にとって「あれ、これが自分の顔なのか」と思うことは少なくない。確かに、写っている人間の中でそれは自分なのであるが、確信的と言うよりは、「1番自分に似ている」から自分だと認識してしまう。自分自身を消去法で選ぶ、そういった状況に悲しさを覚える。自分が1番、自分のことをわかっていないのではないか、そういった疑念がフツフツと湧き出る。

 最寄駅の発着メロディーを聞くと、その沸騰はおさまった。サラリーマンのしょぼくれた背中を追いながら、先ほどまでしょぼくれていた彼は改札へと歩む。ホームから改札までの道がとても狭いこの駅で走ることはナンセンスである。正面衝突の可能性があるからだ。また、階段が多いため、衝突した拍子で階段を転げ落ちてしまったら晩御飯どころではない。それは、衝突した相手の晩御飯を奪うということである。この時、彼はふと、「自分が余裕を持ち始めている」と感じた。そして、何かの雑誌で偶然目にした「余裕のある男はモテる」が思い出された。その時は、「余裕がある」から「モテる」のか、単語の意味も、その因果関係もわからないな、とすぐさまにページを進めた。しかし、もしかしたら今この状態こそが「余裕がある」ということではないか。

 「もし仮に、今"余裕がある"状態ならば、俺はモテるのか」

 はたと気づいたこの仮説に彼は少なくとも興奮した。かつて、「因果関係がわからない」と思っていた自分を忘れたい。因果関係がわからなくても、現実、事実がよければそれでいい。

 「女にモテる状態ならば、帰宅するまでに1人くらいにでも言い寄られるよな」

 逆ナン、という自分とは無関係であった儀式がついに自分に回ってきた。駅から家まで200m、徒歩3分もかからない中で、自分は女に声をかけられて…どうするつもりだ。飯くらいにはいくのだろう、なぜなら、この辺りに映画館はないし、観光名所もない。

 「飯…」

 飯、ご飯、晩御飯、ディナー…

 「ここで女に言い寄られたら今日1日はなんだったのだ」

 その内なる叫びを彼は聞いた。目覚めがよかったのではないか、疲れた顔をした自分にどうやって声をかけた、1日の計は朝にあるのではないのか。はた、と彼は彼自身を思い出す。散漫していた考え、そして自分という存在に収拾をつけた。

 「今日は大を食べるのだ」

彼は急いで家に帰った。気持ちは変わっていなかった。

 

 

 店員に呼ばれ、椅子から腰をあげる。案内された席につく。既に買った券を台に置く。動きに無駄がない。

 「いつからスムーズに動けるようになったのか」

 彼は厨房でチャーシューを切る店主を見ていた。店内の香りが思い出を呼び覚ますー 初来店は、何の気なしに腹一杯ラーメンを食べたくて来店したこと。量多いのに、味もうまいと週に1回のペースで来店するようになったこと。2017年初なのに、小ですら食べられなかったこと。結果としてひどい風邪であり、体調が悪いと"こちらが喰われてしまう"ということー 彼なりのプルースト効果はマドレーヌと紅茶の組み合わせではない。豚とスープ、そして小麦の香りである。

  「今日の豚は俺好みだな」

   ホロホロの豚が好みであるそうだ。それは、角煮のように今にも崩れそうな具合である。歯ごたえのある豚が嫌いというわけではないのだ、ホロホロの豚がとりわけ好きなのだ。そんな彼は、小豚ダブルにしなかったことを少し後悔した。「それならば、大豚ダブルにすればいいじゃないか」という指摘を多数承っている。確かにその通りなのだが、彼にとって大豚ダブルは有名大食いアカウントさんが食べるもので、自分に置き換えて考えることが難しいそうだ。

 豚について考えていると、スープのベースは豚の煮汁のようなものではないのか、彼にそんなアイデアが降ってきた。つまり、「うまい豚を作れば、基礎部分は出来上がる」のかもしれない。もし仮にうまい豚とスープの基礎が出来たとしよう、さて、麺はどうするのだ、脂は?、もやしは?、降ってきたアイデアは地面にバウンドし、夜空へ消えた。彼にとって、やらなきゃいけないこと、に頭を使うことよりも、やらなくてもいいこと、に使わないようで実際は頭を使っている方が幸せなのだ。この着丼までのほんのひと時の間、彼は幸福を噛みしめている。

「ニンニクは?」

 いつ声をかけられるかわかるようになってきた。しかし、最初からわかったわけではなく、全くわからなかった。今や、彼の口は自然と動く。

「ニンニク、カラメ、ラー油」

 

 

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 卓の上に置かれたそれについて、どんな食べ物なのか答えられるだろうか。たとえどれだけ日本語をうまく操れたとしても、この言葉を知らなければ言い表すことはできない。

「千住二郎(Senjyu-Jiro)」

 人々はそう呼ぶ。

 Gentleman,please call it Senjyu-Jiro.

   小麦香る柔らかい麺、スープからの醤油の匂い、唯一の良心もやし、その上に乗るニンニクとラー油、そして待ってました豚。This is 千住二郎。

「いい意味で主張が強いこれこそが千住二郎だよな」

   彼は割り箸を割った。麺を大きくひとつかむと、彼と千住二郎の間に、小麦の匂いが充満した。その香りを肺にいっぱい吸い込んだと思ったら、いつの間にか麺が口の中に。自分の思考速度より速く身体が動いたことに彼は驚いたと同時に、もう既に三口目を食べていた。身体の制御ができていない。彼の脳は言うことを聞かない、とは言え彼自身も「箸を休め」とは思ってもいない。

 

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    そんな彼にも悩みがある。それは唯一の悩みであるが、大を食べる時に腕が痛いといったことなのだ。腕と言っても、前腕筋である。決して上腕二頭筋、三頭筋ではない、彼はそれほどまでヤワな男ではない。しかし、あまりにも痛くて箸を休めてしまう。今日も今日とて箸を休めてしまった。

 このことについて人に相談をすると、

 「麺が多すぎるのではないか」

 と返ってくる。確かに麺は多い。

 「俺の握力不足かもな」

 彼は笑いながらこう返す。半分冗談で半分本気だ。店内を見ると、彼くらいしか、そういったそぶりを見せない。本当に握力不足なのかもしれない。握力50kgはありそうな腕っぷしではあるのだが。一方で平均成人男性の握力をもってしても前腕筋を痛めるということは、本当に麺が多いのかもしれない。そう考えることも自然ではないか。

 「これはお店に感謝だな」

 気づくと彼の口に麺が入っていた。

 

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 完食まであっという間であった。朝から想い続けて来た「大」もあと豚一切れとなった。麺を食べおてから豚を一気に頬張る、これもまた彼なりの楽しみ方である。

 「楽勝だったな」

 最後の豚を食べ終えて、彼が器をあげようとした時に店長の声がした。

    「はい、うまかったです。また来ます」

 店長の顔を見てから、手元に目をやった。持っていた器に男が映っていた。口角があがり、目元には笑い皺がある男だった。

 「これが…」

 それはかつての消去法ではない。確信を持って見つけた。脂がしみているスープに映る男こそ、彼であるのだ。それが、本当の姿なのかもしれない。

 

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